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[起業]リクルートで学んだ起業家精神で世界進出――「エコトワザ」大塚玲奈社長(後編)

[起業]リクルートで学んだ起業家精神で世界進出――「エコトワザ」大塚玲奈社長(後編)

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Author - 嶋田淑之/Business Media 誠

“環境外交官”として、日本の優れた環境技術を海外に伝えるビジネスを行っている株式会社エコトワザ・大塚玲奈社長。起業前勤めていたリクルートでは大活躍し、新人賞を受賞した。リクルートでは貴重な経験を積むことができたと彼女は振り返る。

古来、自然と調和して営まれてきた日本伝統の「匠(たくみ)の技」。転換期を迎えつつある世界のエコロジー(環境活動)で、日本には環境問題予防に貢献できる技術がある。それを世界に紹介し、普及しようとしているのが株式会社エコトワザの大塚玲奈社長だ。

日本の産業界では「リクルート出身の起業家は優秀」と言われ続けてきた。それゆえ、起業家志望の大学生は今なお同社を受験するとされる。リクルートを経て起業家となった大塚さんは、どんな人生経験を積み、何を思ってリクルートに入社したのだろうか? そしてリクルートで何を学んで、どう現在の活躍に結び付けているのだろうか?

「外国」だった日本

大塚さんは1980年7月、東京都生まれ。商社に勤務する父親の転勤で、2歳から10歳まで米国ニューヨーク州で暮らした。そしてこの経験が、彼女の人生に決定的な影響を及ぼすことになる。

米国ではピアノや乗馬など豊かな趣味を持ち、現地の人々と交流するなど、快適な生活を送っていたようだ。しかし、彼女には1つ悩みがあった。

エコトワザの大塚玲奈社長

エコトワザの大塚玲奈社長
「私は自分のことを米国人だと思って疑うことはありませんでした。日本の記憶がなかったこともあって、私にとって日本はむしろ未知の外国でした。でも、米国人の子どもたちからは『お前は日本人だ』と言われました」

大塚さんは10歳の時に日本へ帰国し、小学校4年生に編入した。しかし、「今度は外国人と呼ばれまして」と彼女は思い返す。「どこに行っても結局、自分は異邦人。私って一体誰なんだろう」、そんなやるせない想いが彼女の心の奥底にたまっていく。そしてストレスからぜんそくを患った。

学業成績が良かった大塚さんは、東京都の女子中高一貫校の御三家の1つ、女子学院に入学する。その自由な校風の中、大塚さんは自らのアイデンティティを何とか見い出そうと努力した。自分の魂の安住の場所はどこなのか? 自分はどんな役割を果たすためにこの世に生まれたのか? 「日本の文学を読みまくりましたね。1年に100冊は軽く読みました。安部公房、村上龍、司馬遼太郎……」

米国の幼稚園にて

米国の幼稚園にて
留学中に米国同時多発テロに遭遇

やがて訪れた大学受験。「大学入試センター試験の帰り道、ふと思ったんですよ。環境問題にボランティアではなく、ビジネスとして取り組みたいって」。起業家への志が芽生えた瞬間だった。

父親の母校でもある一橋大学の法学部に入学した大塚さんは、早速、環境問題のサークルを立ち上げ、問題意識をカタチにし始める。しかし、やがて組織運営で悩んだ彼女は考える。「こうした活動を展開していく上でコミュニケーションとリーダーシップは不可欠だ」

2001年、大塚さんは一橋大学の奨学金制度を利用して、カリフォルニア大学バークレー校に1年間留学し、「組織論」と「リーダーシップ論」を学んだ。この留学中に、震撼(しんかん)すべき出来事が発生した。“米国9.11同時多発テロ”だ。

「当時、私は国際学生寮に住んでいました。寮に住む留学生の中にはアラブ系の学生もいたので館内は騒然となり、険悪な雰囲気が立ち込めたのです。そんな時に寮長が『憎しみの連鎖を断ち切る1人目に

なろう』という趣旨のスピーチを行いました。それを聞いて、1人の日本人として世界のために何かできることがないのかと思うようになったのです。いずれ人間は滅びるだろうし、自然破壊は止まらないだろう。でも、

それを防ぐために、私にもできることがあると」

環境サークルメンバーと

環境サークルメンバーと
日本は古来より、独特の自然観を有し、優れた技術や公害を乗り越えた歴史を持っている。日本の「隠れた良さ」を世界に伝えたい、という思いの萌芽はここで生まれた。

リクルートに入社――起業家になるために

帰国した大塚さんに、同級生たちより1年遅れの就職シーズンが訪れる。

「夏休みに金融系のベンチャー企業で、秋から冬にかけてはリクルートでそれぞれインターンをしました。『とらばーゆ』に配属されて女性編集長の下で、営業企画の実習を行いました。魅力的な人が多かったで

すし、ここで働けば短期間で経営的な力をつけられる、と実感しましたね」

その後、就職活動を本格始動させた大塚さんは、大手広告代理店、メーカー、商社、金融など約20社にエントリーシートを送り、順調に選考を通過していく。しかし、途中で自ら志望先を2社だけに絞り込

む。それは、ある経営コンサルティング会社と、リクルートだった。

「コンサルを志望したのは、国連を目指して大学院に行く可能性を考慮してのことでした。それに対して、リクルートは起業家になることを考えてのことです。というのも、メーカーや商社などは、創業に向けて実力

養成するためには10年単位かかると感じたのです。しかし、それでは時間がかかり過ぎる。『石の上にも3年』ではありませんが、3年くらいの時間軸で考えられるところにしたかったのです」

彼女は、コンサルもリクルートも順調に面接を勝ち上がってゆく。どちらに選ぶのか、気持ちは揺れたようだ。「コンサルは結局、自分では事業ができない、それならリクルートがいいかな……」と思い始めていた時、 交通事故に遭遇する。

『とらばーゆ』でインターン

『とらばーゆ』でインターン
「時速80キロメートルで突っ込みましてね。もうダメだと覚悟した瞬間、『このままでは死に切れない、自分の会社を世に残したいのにまだ残せていない』って思ったんですよ」

そんな思いに気付いたことで、大塚さんの方向性は定まった。インターン仲間20人の中の5~6人とともに、リクルートに入社した。

人に恵まれたリクルートでの生活

リクルートでは自ら希望して、住宅情報誌の広告営業部門に配属される。しかし、「実はとんでもない勘違いだったんですよ」と笑う。

「学生時代に途上国の都市設計に関わるアルバイトをしていたこともあり、公害を減らす都市設計に興味があってこの部門を希望したんです。子どものころにぜんそくで苦しんだこともありましたしね」

しかし、現実には不動産屋のオジサンたちを相手にマンション広告を取ってくるという、かなり泥臭い仕事だった。「しまった~って思いましたが、とにかく頑張ることにしたんですよ」と苦笑。

こうしてスタートしたリクルート生活1年目。大塚さんは、自分の思い通りの日々を送れたのだろうか?

「人に恵まれましたね。私の教育担当の男性にしても、上司にしても、経営的視点と現場的視点とを合わせ持っていて、とても勉強になりました。最初は高飛車だった私ですが、接客姿勢をはじめとした社会

的なトレーニングになりましたし、良い意味で数字への執着を持てるようにもなりました」

肝心の営業成績はどうだったのだろうか?

「実は私の担当には難しい案件が多かったのです。以前リクルートと取引のあったところでありながら、何らかの事情で取引停止になった会社や、リクルート嫌いで通っている会社が多くて……」

しかし、大塚さんはそうした会社から広告を取ることに成功する。「徹底的に資料に当たったりと、普通の人はそこまではやらないだろうということをやったからでしょうかね」

当時の大塚さんの仕事ぶりは猛烈を極めたようだ。上司からは冗談交じりに「どう猛な性格」と言われ、職場に泊り込むこともあった。自己の職務に対する、プロフェッショナルとしての真剣かつ誠実な姿勢がうか がわれる。

最も営業成績が良かったわけではなかったが、困難な営業先から受注を取ったという質の高い仕事ぶりが評価されて、大塚さんはリクルートの「新人賞」を受賞する。

「最初は正直苦しかったです。しかし、難しいお客様でも、商品の価値を感じて頂ければ出稿して頂けるのだという成功体験を通じ、営業手法を自分なりに確立すると、それ以降は順調に行くようになりました」。

リクルートでは新人賞を獲得

リクルートでは新人賞を獲得

起業に向けて日々学ぶ

営業部で大活躍した大塚さんだが、2年目は新しい営業組織の立ち上げを経験することになる。

「社内調整とかが大の苦手で、きつかったですね……」と振り返る。午前9時から翌日午前2時までの激務に加えて、強烈なストレスゆえ、すっかり体を壊してしまったという。

「それまで営業成績が良くてチヤホヤされていたからというのもあるのですが、自分の『想い』を追求するあまり、いつも誰かを傷つけていたのです。最初は全然気が付かなかったのですが……。どんなによかれと思っ

てやったとしても、それが自分だけの『想い』でしかなかったのです。『自分の想い』ではなく、『組織の想い』でないといけない。それを知らなかったために、部下をつぶしかけたこともあるんです」

それは大きな「自己革新」だった。1年目が対外営業の手法を確立した年だとすれば、2年目は社内調整やリーダーシップのあり方を確立した年と言ってよいだろう。

そして迎えた3年目、今度は事業企画を担当することになった。「ここでも良い上司に恵まれまして、大局的にものを見ることを学ばせてもらったんですよ」。仕上げの3年目に、経営者としての視点を確立したと いうことか。

大塚さんから見て、リクルートはどんな会社だったのだろうか? 「システムやプロセスは徹底的に欧米的、カルチャーは日本的でした。他社経験がないので比較はできませんが、リクルートは、集合研修・OJT含 めて、教育の徹底した会社ですね」と分析する。そして、「個々人に対する目標設定が非常に厳密で、その成果に対する評価方法も、定量的評価と定性的評価のバランスがよく取れていると思います。そして 何より、人格的+実力的に見て、非常に魅力的な人の多い会社だと今でも感じています」と振り返る。

リクルートでは、良い先輩・上司に恵まれたと繰り返す大塚さん。それは彼女の偽らざる気持ちだろうし、実際その通りの会社なのだろう。しかし見方を変えるなら、それは彼女が「3年間という限られた時間の中 で、学べるものはすべて学びたい」という切実な思いを持っていたから実感できたことだとは言えないだろうか?

「些事(さじ)に神宿る」という。問題意識がなく漫然と日々を送るだけの社員には決して気が付かないような、一見、取るに足らないような出来事や先輩・上司の言動の中から、宝石のような輝きをもつ教訓を 学び取っていたのかもしれない。

株式会社エコトワザ創業――世界と日本を救うために

すでに2006年に会社だけは作ってあった大塚さんは、2007年6月にリクルートを退職。いよいよ起業家として、自分の力量を世に問う時が来た。まずは先進的とされる米国のエコロジーの実態を把握するた め、2007年秋に渡米し、ハーバード大学で聴講した。

そして迎えた2008年。試行錯誤を重ねながら、エコトワザの活動は始まった。

「今となっては、過渡的な仕事とも言えますが、企業内研修を実施して、QCサークル※などの改善活動を通じてエコロジーを推進する、というビジネスを展開しました。顧客にはサイバーエージェントさんなどがい ましたね」

株式会社エコトワザ公式Webサイト

株式会社エコトワザ公式Webサイト

※職場内で品質管理活動を自主的に行う小グループのこと

しかし活動を行う中で、国内市場、特に地方の中小企業の経営が逼迫(ひっぱく)している現実を知った彼女。「その売上を伸ばしてあげるお手伝いができないだろうか」という想いにとらわれる。そのためには、
彼女自身がどんな「独自・異質・新規」な「強み」を持っているのだろうか、と改めて自己分析すると、2つの真実が浮かび上がった。

(1)海外の言語を、その文化的背景まで含めて理解できることであり、それができる日本人の数は少ない。

(2)日本の伝統的な匠の技を中心にした環境技術についての知識やネットワークを有していることであり、そういう人の数も少ない。



(1)と(2)の両方ができて、「民間の環境外交官」として効果的に海外に発信できる人となると、現時点では自分1人であるという自負を持てた。そうであるならば、それを生かす形でビジネスを構築することによって、自分ならでは(=独自)の、誰とも異なる(=異質)、まったく新しい(=新規)価値創造ができるのではないか? そう考えた大塚さんの結論が、日本伝統の匠の技と海外企業のマッチングを図ることだっ た。

こうして企画・刊行されたのが、「ecotwaza times」だ(前編参照)。地方の中小・零細として地道な活動を続けていながら、海外(特に欧米)の企業から見れば、環境保全に関して魅力的な「匠の 技」を有している企業を海外市場に紹介するカタログだ。「3年後までに、このカタログとWebサイトへの掲載累計が1000社になるといいなぁ……と思います」、と大塚さんは希望に満ちあふれた表情でそう語っ た。

彼女の海外ネットワークは、米国、英国、スペイン、デンマーク、チリ、インドネシア、シンガポール、韓国……と実に多彩だ。ecotwaza timesが、これらの国々で読まれる日もそう遠くはないかもしれない 。

先日、筆者の知人が外国企業の経営者に、ecotwaza timesを見せたところ、「僕、このカタログ持っているんだよ! そして内容が素晴らしいと思っていたんだ。妻もエコ・プロダクトが大好きでね!」と 目を輝かせ、興奮気味に話していたという。大塚さんの「想い」は、確実に、そして想像以上に速いペースで、浸透しつつあるようだ。

世界の環境問題予防に貢献するとともに、日本の地方経済を活性化できるならば、これほど素晴らしいことはないだろう。無論ビジネスである以上、さまざまな困難な問題は発生するだろう。しかし、リクルート 仕込みの思考と行動で、彼女はきっと乗り越えてくれるはずだ。



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